
出来たてを、必要な分だけ。CHEESE STANDが届ける、フードロスのない日常
「街に、出来たてのチーズを届けたい」。そのシンプルな想いから、CHEESE STANDは生まれました。工房には、毎日、深夜2時過ぎに近隣の酪農家から新鮮なミルクが届きます。その日のチーズはその日のうちに街に運ばれ、レストランや家庭の食卓に並ぶ──。2012年に渋谷の地でオープンし、今年で13年目を迎えたCHEESE STAND。“出来たて”へのこだわりはもちろん、フードロス削減、ホエイの活用、プラ削減など、サステナブルな活動も実直に積み重ねてきました。今回は広報の米田望さんに、チーズを軸にした食と環境の話を伺いました。
目次
街の中に、チーズ工房を

2012年に渋谷・神山町で1号店「SHIBUYA CHEESE STAND」をオープン。その後、2016年にはフレッシュチーズとともにチーズにまつわる食材を扱うセレクトショップ「& CHEESE STAND」を富ヶ谷に、2022年には熟成チーズの研究・製造拠点として「CHEESE STAND LAB.」を尾山台に構えるなど、ブランドとしての展開も広がってきました。そして2023年には東京都外発の店舗「ABURAYAMA CHEESE STAND」をオープン。
運営するのは株式会社nobilu。“出来たての美味しさ”と“食の奥深さ”を街の中で体験できる場づくりを、着実に育てています。
ピザ職人が惚れ込んだ“出来たて”の感動
――創業のきっかけから教えてください。
代表の藤川は、高校のとき、料理人になるかどうかを迷いながらも大学へと進学。在学時にバックパッカーで世界を旅する途中イタリアに立ち寄り、ナポリでPizzeriaに飛び込みで修行に入り、ピザづくりを学びます。その際に“出来たてのチーズ”の美味しさに衝撃を受けたのが始まりでした。
帰国後はピザ職人になり、「イタリアでの感動を日本の街中でも届けたい」という思いを持ち続け、選んだのが、文化の発信地でもある渋谷。まだ“奥渋”という言葉もなかった頃に、「街の中にチーズ工房がある風景をつくろう」と、工房併設の店舗を立ち上げました。
国産フレッシュチーズを、渋谷から。“作ったその日に食べる”を日常に

――当時、フレッシュチーズを街で作って売るという発想は新しかったのでは?
はい。当時もフレッシュチーズ自体はありましたが、ほとんどが輸入品か、酪農が盛んな北海道などの地域でつくられたものでした。都市で、しかも渋谷のようなカルチャーの中心地で、国産のフレッシュチーズを“出来たて”で届けるというスタイルは、とても珍しかったと思います。

北海道ではなく、東京・渋谷でこの取り組みを始めたことで、チーズは遠い存在ではなく「街の中で作られ、街の中で味わえるものなんだ」という新しいイメージを根づかせたい思いがありました。
工房には毎朝2~3時に都内近郊の酪農家さんから新鮮な牛乳が届き、その日のうちにチーズに加工、提供しています。”東京の牛乳”って、意外と思われるかもしれませんが、とても品質が高くて味も美味しいのです。そんなサイクルを実現したことも、都市型チーズ工房としての大きな挑戦でもありました。
九州の食卓にも“その日の味”を
――2021年には福岡にも工房をオープンされました。背景は?
東京からチーズを発送すると、どうしても2日ほどかかってしまうんですね。そうなると、鮮度が落ちてしまう。「だったら、現地でつくって届けよう」と思い、福岡・油山に工房を構えました。
福岡に行った際に、飲食店の活気がすごくて、食に重きを置いていることに感動を覚えたのもきっかけのひとつ。福岡は都市としての魅力もありながら、観光牧場や自然資源が豊富な地域です。都市と自然が交差するこの場所だからこそ、私たちが届けたい”出来たてのチーズ”がより深く根づくと感じています。
――福岡店ではどのような製品を作っているのでしょう。
福岡市内の酪農家さんのミルクを使って、チーズや飲むヨーグルトを製造・販売しています。地元でとれたミルクを地元で食べてもらうという、わかりやすい地産地消ができているのが特徴です。
作りすぎない、でも足りなくしない──フードロスゼロの仕組み

――CHEESE STANDさんの生産体制について教えてください。
大切にしているのは「作りすぎない」こと、でも「足りない」も出さないことです。受注数に合わせて牛乳を仕入れ、製造量も日々調整しています。すべては綿密な在庫管理とスタッフの経験に基づいています。どんぶり勘定ではなく、数字を見て決める。この積み重ねがフードロスを出さない体制を支えています。
また、自社の配送便があるので、朝作ったチーズをその日のうちにレストランや店舗に届けられるんです。これも“出来たて”の美味しさを守る大切な要素です。
ホエイから、もうひとつの美味しさを。 副産物を捨てない哲学

――チーズ製造時に出るホエイを活用されているそうですね。
チーズは、牛乳から1割しかできません。残り9割がホエイ(乳清)として残るんです。これをそのまま廃棄してしまうのは、酪農家さんが育てた牛乳を無駄にすることになる。そんな罪悪感もあって、「なんとか活かせないか」と考えました。
その代表が「東京ブラウンチーズ」です。ホエイを煮詰めてキャラメルのような味わいに仕上げたこの商品は、2023年の「World Cheese Awards」で、最高ランク“スーパーゴールド”を受賞しました。
食の可能性を、ホエイから広げる
――他にもホエイの活用があればお聞かせください。
ホエイドリンクやジャム、レストランとのコラボでの発酵料理への応用など、アイデア次第でいろんな形に展開できます。以前は、高円寺の銭湯「小杉湯」さんにホエイを提供して、「ホエイの湯」というイベントも月に一度開催していました(現在は終了)。“捨てない”ことが、新しい体験や文化にまでつながっていると感じます。
環境への取り組みは、現場から生まれる

――プラスチック削減にも取り組まれているとか?
フレッシュチーズはプラ容器に入れることが多いのですが、新商品の企画段階から「再利用できるパッケージにしよう」といった声が現場スタッフから上がってくるようになりました。
福岡店では「テイクアウトピザ用のお皿デポジット制度」を導入しました。これはスタッフの発案で、お皿を返却いただければデポジットが返金される仕組みです。「自分たちで考えて、自分たちで動く」という文化が、少しずつ育ってきた実感があります。
チーズがつなぐ、人と人、笑顔と街

――最後に、CHEESE STANDが目指す姿を教えてください。
チーズは嗜好品に近い存在です。でも、だからこそ人を笑顔にする力があると思うんです。CHEESE STANDのチーズは、料理の主役にもなれるし、脇役として支えることもできる。サラダに添えたり、ワインと合わせたり、トーストにのせてもいい。サラダ、パン、果物、ドリンクと、シーンを選ばず、世代を越えて楽しめる“ニュートラルな食べ物”です。
職人たちは、どこに届けられるのか、どんな人が食べるのかを想像しながら、丁寧にチーズをつくっています。味にこだわるフーディーからも支持をいただいていて、それがまた、ものづくりの誇りにつながっています。
創業から13年。これからも、街に出来たてのチーズを届け続けながら、「無駄のないやさしい循環」をつくっていきたいと思っています。
◇◇◇
「出来たてを、必要な分だけ」
その言葉の奥には、想像以上の緻密さと、まっすぐな優しさが詰まっていました。CHEESE STANDの工房には、職人たちが静かに、誇りをもってチーズをつくる姿があります。その先には、余らせない工夫、捨てずに活かす知恵、環境に配慮する選択、そして、誰かの“美味しいね”という笑顔があります。
東京・渋谷という街のど真ん中で、チーズがここまで丁寧につくられていること。その事実が、すでにひとつの新しい文化なんだと感じました。
取材、文/おだりょうこ
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※本記事の内容は、本記事作成時の編集部の調査結果に基づくものです。















