
ベトナム旅、次は山へ。サパで出会ったのは、絶景よりたくましい暮らしでした
30年ぶりに訪れたハノイで、「ベトナムって、こんなにエネルギッシュな国だったんだ」と驚かされた私。でも、この旅はそれだけでは終わりませんでした。次に向かったのは、ベトナム北部の山岳地帯・サパ。世界有数の美しい棚田が広がる町です。もちろん、その景色は期待を裏切りませんでした。
でも、帰国してから何度も思い出したのは、絶景ではありません。泥だらけになりながら山を歩いたこと。モン族の人たちと笑ったこと。そして、この山で何世代にもわたって受け継がれてきた暮らしでした。旅はいつも、予定していた景色よりも、予定していなかった出会いのほうを長く心に残してくれるようです。
目次
旅の前に知っておきたい、サパのこと

どこにある?
サパはベトナム北西部、中国との国境近くにある山岳リゾート。首都ハノイから約300km離れた場所にあります。標高は約1,500m。夏でも朝晩は20℃を下回ることがあり、ハノイとは別世界の涼しさ。薄手の羽織りが一枚あると安心です。
行き方は?
サパに空港はないので飛行機では行けません。ハノイから寝台バスまたは寝台列車を利用し、所要時間は約6~8時間。夜に出発して朝に到着する便が人気です。
見どころ
世界有数の棚田、ベトナム最高峰・ファンシーパン山、モン族をはじめとする少数民族の暮らしに触れられるトレッキングなど。
ハノイを離れると、そこにはもう一つのベトナムがありました

ベトナムと聞けば、ハノイの旧市街やホーチミンの街並み、ハロン湾の景色が浮かびます。「暑い国」というイメージも強く、どこへ行っても半袖で過ごせるものだと思っていました。でも、ハノイから北へ約300km。一晩移動しただけで、その思い込みは見事に覆されます。
サパへ向かう交通手段は、寝台列車か寝台バス。寝台バスなら約6~7時間。料金は30万ドン前後(約2,000円)と手頃で、夜に出発すれば翌朝には到着します。寝台列車という選択肢もありますが、列車はサパではなくラオカイ駅まで。そこからさらに車で約1時間かかるため、私は町まで直行できる寝台バスを選びました。宿泊代も一泊分節約できます。限られた日程で旅をする人には、とてもありがたい移動手段です。
とはいえ、「寝台バス」という言葉から、日本の夜行バスを想像すると、ちょっと驚くかもしれません。あれは寝台バスというより、「人間を水平にすることに成功した乗り物」でした。
車内には三段ベッドがずらりと並び、乗客は靴を脱いで、自分の番号へ吸い込まれるように収まっていきます。そして、なぜか、とにかく明るい。

赤、青、紫。
天井ではネオンがギラギラと光り、車内はまるで、ひと昔前の日焼けサロン……いや、「アジア旅行あるある展示館」とでも言いたくなる空間です。
鏡を見なくてもわかります。私の顔色は、完全にSNSのフィルター加工後。隣では若い旅行者がスマートフォンで映画を観て笑っています。エンジン音が響き、ときどきガタンと車体が跳ねる。決して快眠できる環境ではありません。それなのに、その笑い声や振動が、いつしか子守歌のように心地よくなってきて、気づけば眠っていました。

そして朝。カーテンを開けた瞬間、「ああ、来たんだ」と思いました。窓の外に広がっていたのは、幾重にも重なる山並み。霧がゆっくりと流れ、その向こうから朝日がのぞいています。車を降りた瞬間、空気を吸い込んで思わず立ち止まりました。
おいしい。
空気って、おいしいんだ。
そんな当たり前のことに、少し戸惑います。ハノイでは湿気と格闘していた前髪も、ここでは驚くほどおとなしい。代わりに、「昨日の私へ。薄手の上着をバッグに入れておいてくれてありがとう」と言いたくなるくらい、朝の空気はひんやりとしていました。同じベトナムなのに、まるで別の国へ来たかのよう。
そして、この町の本当の魅力は、ここから始まります。町を少し離れると、目の前には世界有数といわれる棚田が、山肌を縫うようにどこまでも続いていました。
世界有数の棚田は、「きれい」だけでは終わりませんでした

サパを訪れる人の多くが目当てにするのが、世界有数といわれる棚田です。山肌に沿って描かれた曲線は美しく、まるで緑色の等高線が、そのまま大地に浮かび上がったようです。でも、実際に目の前に立つと、その感想は少し変わります。
「きれい」
もちろん最初はそう思います。でも、その次に浮かぶのは、「これ、全部、人が作ったの?」という驚きでした。急な斜面を削り、水を引き、石を積み、一段一段、田んぼを作る。気が遠くなるような時間を積み重ねて、この景色は生まれました。絶景という言葉だけでは、少し足りません。そこには、人が生きてきた時間が、そのまま積み重なっていました。
そして、旅人という生き物は、絶景を見ると「歩いてみたい」と思ってしまうものです。ところが、前日の雨で、道は見事なまでの泥道。一歩踏み出すたびに靴が沈み、「ズボッ」という音が聞こえます。

慎重に歩いているつもりなのに、体は左右へふらふら。
「転ぶ」「いや、踏ん張れ」「危ない」
頭の中は、その三語だけでいっぱいです。写真だけ見ると、サパのトレッキングはなんだか優雅に見えますが、実際は、足元ばかり見ています。景色を楽しむ余裕なんて、ほとんどありません。
そんな私の横を、一人の女性が追い抜いていきました。大きな籠を背負い、軽やかな足取りで坂を上っていきます。足元を見ることもなく、すいすいと。その女性は、モン族でした。

サパ周辺には、モン族やザオ族など、いくつもの少数民族が暮らしています。色鮮やかな民族衣装をまとった女性たちは、観光客の目を引きます。でも、ここで暮らす人たちにとって、それは観光のための衣装ではありません。
畑へ向かい、家族と暮らし、毎日この山道を歩くための日常です。私たちが「絶景」と呼んでいる場所は、誰かにとっては、ただの通勤路なのです。その事実に気づいた瞬間、棚田の見え方が少し変わりました。
観光地ではなく、生活の風景。
私は、その中をほんの数時間、おじゃましているだけなのだと思いました。トレッキングでは、モン族の女性がガイドとして一緒に歩いてくれました。英語は流暢ではありません。それでも不思議なことに、会話は成立します。
「Slippery!(スリッパリー)」
私が泥で滑りそうになるたびに笑いながら手を差し伸べてくれる。私もつられて笑う。言葉より先に笑顔が通じることって、本当にあるんだなと思いました。
ベトナムのてっぺんへ。そこには静かな絶景が待っていました

サパを訪れたら、ぜひ足を運びたい場所があります。ファンシーパン山。標高3,143m、“インドシナの屋根”とも呼ばれるベトナム最高峰です。
「登山」と聞くと身構えてしまいますが、ご安心を。山頂近くまではロープウェイで一気に運んでくれます。世界有数ともいわれる長距離ロープウェイに乗り込むと、眼下にはさっきまで歩いていた棚田や小さな集落が、まるでジオラマのように広がっていました。
歩いていたときには「急だなぁ」と思っていた山道も、空から眺めると一本の細い線にしか見えません。人間って、地上では悩みが大きく見えるのに、高い場所へ来ると、ずいぶん小さくなるものです。
最後は少しだけ階段を上るのですが、標高3,000m超えの空気は思っていた以上に薄く、数十段なのに息が切れます。

山頂では、風が雲を追い越していきます。運がよければ、雲海の上に立っているような景色に出会えることも。
晩ごはんはサパ名物・屋台バーベキュー

夕方になると、サパの町には、あちこちから白い煙が立ち上ります。近づいてみると、その正体は屋台。炭火の上では、豚肉や鶏肉、野菜、魚介が香ばしい音を立てています。
夕暮れの少し冷えた空気の中で食べる炭火焼きは、それだけでごちそうです。ハノイでは冷えたビールがおいしかったのに、サパでは温かい料理が恋しくなる。同じ国なのに、食べたいものまで変わるのがおもしろいところです。

屋台で食べたい食材を注文すると、炭火で焼いた料理をテーブルまで持ってきてくれるのがサパスタイル。観光客も地元の人も、同じ煙の下で食事を楽しんでいます。誰かが笑い、誰かが乾杯し、子どもが走り回る。特別なイベントではなく、いつもの夜。その”いつも”の中に混ぜてもらえる時間が、私は好きです。旅先では、有名なレストランより、こんな場所のほうが長く記憶に残ります。
絶景より、たくましい暮らしが心に残りました

サパには、美しい景色がたくさんあります。棚田も、山々も、ファンシーパンから見下ろす景色も、どれも写真に撮りたくなる美しさでした。でも、帰国して何日も経った今、思い出すのは景色ばかりではありません。
泥道を軽やかに歩いていたモン族の女性。
炭火を囲んで笑う人たち。
霧が流れる山で、静かに暮らしを続ける人たち。
その土地を旅するとき、「何を見たか」はもちろん大切です。でも、「誰がそこに暮らしているのか」を知ると、旅はぐっと奥行きを増します。
私たちが「美しい」と息をのむ景色は、誰かが毎日働き、生活してきた積み重ねでもあります。だから、この旅でいちばん心を動かされたのは、絶景そのものではなく、その中でたくましく生きる人たちでした。
サパをあとにしてからも、あの山の空気や泥の感触を、ときどき思い出します。そして、そのたびに浮かぶのは、美しい棚田の写真ではなく、あの山道で笑いながら「スリッパリー」と手を差し伸べてくれた女性の笑顔です。あの一言が、この旅を「絶景の旅」ではなく、「人に出会った旅」へと変えてくれました。
サパには、世界に誇る絶景があります。でも、私がお土産として持ち帰ったのは、写真では写らないものでした。
泥道で笑い合ったこと。
炭火を囲む人たちの温かな時間。
そして、この山で今日も変わらず暮らしている人たちの姿です。
旅は、景色を集めるものだと思っていました。でも本当は、「人の暮らしに、ほんの少しだけおじゃまする時間」なのかもしれません。
もし次の旅先に迷ったら、「どんな景色があるか」だけではなく、「どんな人が暮らしている町だろう」と考えてみてください。
その旅はきっと、帰ってきてからも何度も思い出したくなる旅になるはずです。
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※本記事の内容は、本記事作成時の編集部の調査結果に基づくものです。
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