
観光しない一人旅。予定を入れない一日をつくってみた
旅先で昼寝をすると、昔の私は少し罪悪感を覚えました。飛行機代も払った。ホテル代も払った。ここまで来て寝るのか、と。けれど旅を重ねるうち、知らない町で何もしない一日ほど、あとから妙に思い出すことに気づきました。予定を捨てた先にあったのは、名所ではなく、その町の暮らしでした。
目次
旅先で休むのが、昔は苦手でした

ホテルのベッドに腰を下ろすと、頭の中から声がするのです。
「で、本日はどちらをご覧になりましたか」
声の主は私の中に住む、旅費の元を1円たりとも取りこぼしたくない経理部長です。朝は市場、午前は美術館、昼に名物、午後は旧市街、夕方は展望台。ホテルには寝るためだけに戻る。旅程表というより、もはや巡回表でした。
若い頃は、それを楽しめていたのだと思います。疲れても翌朝には回復したし、駅から20分歩く宿も「まあ歩けば着く」で済んだ。今は、歩けば着くことと、歩きたいことは別だと知っています。
「せっかく来たのに」が、旅を忙しくする

海外を一人で旅していると、ときどき突然、電池が切れます。前日に歩きすぎた。移動が長かった。暑い。雨。単純にもう何も見たくない。以前なら、そこで自分を説得していました。
せっかく来たんだから。
この「せっかく」は、旅先でかなり働きます。せっかくパリまで来た。せっかくリスボンまで来た。せっかく晴れた。せっかく午後が空いている。気がつけば予定を増やしてくる。
今は、今日はやめた、と決めます。
予約していない場所なら行かない。教会は明日もたぶん建っています。美術館も、私が1日休んだからといって閉館はしません。
一人旅の自由とは、好きなところへ行けることだけではなく、行かないと決めても誰にも説明しなくていいことなのだと思います。
観光名所ゼロ。スーパー1軒。それでも旅は成立する

予定を消した日は、地元のスーパーへ行きます。旅先のスーパーは面白い。知らない乳製品がびっしり並び、パン売り場が異様に広く、何に使うのかわからない瓶詰めが普通の顔をして置かれている。観光客向けの店では見えない、その町の生活がむき出しです。
ベトナムなら果物や調味料を眺め、ヨーロッパならパンとチーズを買う。アパートメントに戻って、それを夕飯にすることもあります。
海外まで来て、夕飯がパンとチーズ。
以前の私なら「もっと名物を」と言ったでしょう。でも、毎晩ちゃんと名物を食べなくても、旅の単位は落としません。レストランで「1人です」と入る夜もあれば、今日は靴を脱いで、部屋で食べたい夜もある。
旅先まで来て、自分の機嫌を無視する必要はないのです。
名所より、パン屋の匂いを覚えている

予定がなければ、カフェにも長くいられます。コーヒーを飲み終えても立たない。窓の外を歩く人を見る。犬を見る。バスが来て、人を吐き出して、また行ってしまう。
何も起きません。けれど帰国してから思い出すのは、不思議とこういう時間です。
有名な建物の柱が何本あったかは忘れているのに、朝のパン屋の匂いは覚えている。アパートの向かいの家に干してあった赤いシャツを覚えている。市場のおばちゃんの声を覚えている。
旅の記憶は、こちらが残したい順番では保存されません。
「何もしない」は、旅の空白ではなかった

何もしない日をつくるようになってから、旅が少し長く楽しめるようになりました。たくさん歩く日があってもいい。山に登る日も、美術館をはしごする日もある。その間に、何も入れない日を置く。
昼寝して、洗濯して、近所を1周して、終わり。
観光地はゼロです。それでも、その町で1日暮らした感じが残る。若い頃の旅は「何を見たか」が中心でした。今は「そこでどう過ごしたか」が、少しずつ大事になっています。
旅にまで成果を求めなくなった、とも言えます。たぶん私は、やっと休暇の意味を理解し始めたのです。
次の旅に、「何もしない日」をひとつ

次の旅では、予定表に1日だけ、何も書かない日をつくってみませんか?朝起きてから、今日はどうしようと考える。気になるパン屋があれば行く。スーパーで見たことのない食材を買ってもいい。疲れていたら昼寝をする。結局どこにも行かなかった、でもいい。
旅先まで来て何もしないなんて、もったいない。そう思うかもしれません。私もずっとそうでした。でも、名所をひとつ見逃しても、旅は失敗しません。むしろ予定を空けたところに、その町の普段の顔が入り込んでくることがあります。観光地をひとつも回らなかった1日なのに、帰国してから妙に思い出す。そんな日があってもいい。
次の一人旅では、ぜひ「何もしない」を予定に入れてみてください。
ただし、予定表には書かないで。
書いた瞬間、それはもう予定になってしまのですから。
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