
駅から20分は、もう近くない。50代の海外一人旅でやめたこと
海外一人旅を重ねていると、旅慣れるほど行動範囲が広がり、身軽になっていくものだと思っていました。ところが50代、実際に増えたのは「やらない」という選択肢。見たいものも、行きたい場所も、今だって山ほどあります。それでも、全部を拾わなくなってから旅はずいぶん楽になり、なぜか前よりよく覚えている。どうやら旅にも、自分にちょうどいいやり方があるようです。
目次
50代、精神論では石畳を攻略できない

若い頃の私は、駅から徒歩20分のホテルを「駅近」と認識していました。
20分。近いわけがありません。
しかも海外です。石畳です。スーツケースを引いています。Googleマップは「徒歩19分」と涼しい顔で言いますが、あの人はスーツケースを持っていません。
50代になって、海外一人旅でやらなくなったことが増えました。できなくなった、と言えばそうなのかもしれません。でも私は、ちょっと違うと思っています。何度も旅をして、ようやくわかったのです。
しんどいものは、しんどい。
若い頃は、そこをずいぶん長いこと精神論で突破していました。
駅から20分を「まあ歩ける」と言わなくなった

ホテルを予約するとき、若い頃の私はまず値段を見ていました。
駅から徒歩20分。
安い。
よし。
この三段論法に、疑問を挟む者はいませんでした。予約するのも私、歩くのも私なのに。ところが現地に着くと、徒歩20分は突然、本来の徒歩20分として牙をむきます。
石畳。坂道。階段。日差し。雨。知らない道。そして後ろからゴロゴロついてくるスーツケース。あんなに日本では従順だったキャスターが、ヨーロッパの石畳に入った途端、反抗期の子供のように地団駄を踏み始めます。
今は宿を選ぶとき、値段と同じくらい立地を見ます。駅やバス停からどれくらいか。夜でも歩けそうか。近くにスーパーはあるか。できれば冷蔵庫があるか。長めに滞在するなら、キッチンや洗濯機も欲しい。数千円高くても、移動が楽ならそちらを選ぶことがあります。これは贅沢ではありません。
数千円で体力が買えるなら、私は買います。50代の体力は、現地調達できません。
到着日に「ひとつくらい見ておこう」をやめた
海外に着いた日というのは、不思議です。十数時間飛行機に乗って、ろくに眠れていない。入国審査を抜け、荷物を受け取り、電車かバスを探し、ようやくホテルに着く。どう考えても疲れています。
なのにシャワーを浴びると、「いけるかも」と思う。いけません。シャワーは回復魔法ではありません。ちょっと髪がきれいになっただけです。
昔はそこから「せっかくだから旧市街だけでも」「夕景だけでも」と出かけていました。そして翌朝、起きた瞬間から疲れている。旅はまだ始まったばかりなのに、私だけすでに三日目みたいな顔をしています。
今の私は、到着日に予定を入れません。ホテルの周辺を歩く。水を買う。スーパーをのぞく。何か食べる。そして寝る。以上。
せっかく海外まで来たのだから、と以前なら思ったでしょう。今は、翌朝起きたときに自分がちゃんと人間であることのほうが大切です。
全部見ると、全部が「立派な石のやつ」になる

一人旅は自由です。自由なので、予定を詰めようと思えば、恐ろしいほど詰められます。
朝いちばんで大聖堂。次に美術館。市場を見て、旧市街を歩いて、昼食を食べながら次の場所を検索。午後は宮殿。夕方は展望台。夜は有名レストラン。
できなくはありません。ただし三日ほど続けると、感想の語彙が死にます。
大聖堂を見ても、「すごい」
宮殿を見ても、「すごい」
世界遺産を見ても、「これも、すごい」
そして写真を見返したとき、「これは……どこの立派な石のやつだ?」となります。失礼にもほどがあります。
今は、一日に絶対見たいものを1つか2つ。そのほかは「できたら」にしています。
この「できたら」が非常に優秀です。
できなくても怒らない。予定変更にも強い。疲れたら即座に消えてくれる。旅先で雇う現地スタッフとして、かなり有能です。
「念のため」をスーツケースに入れない

昔の旅支度には、「念のため」がたくさんいました。
念のための服。
念のための靴。
念のためのバッグ。
念のための薬。
念のための日本食。
念のための、何に使うのかわからないポーチ。
念のため一族は、ものすごい勢力です。
そして彼らは、ほとんど出番がないくせに重量だけはきっちり仕事をします。なので今は、現地で買えるものは持っていきません。服も「もしかしたら着るかも」は置いていく。靴もできるだけ増やさない。旅先で困ったら、そのとき考える。
これができるようになったのは、若い頃より大胆になったからではありません。むしろ逆です。たいていのことは、なんとかなると知ってしまったからです。
忘れ物をしたこともあります。
道に迷ったこともあります。
予定通りにいかなかったことも、たくさんあります。
それでも帰ってきました。なんなら、それが一番よく覚えている旅だったりします。
夜の予定より、ホテルのベッドを信じる

旅先の夜は魅力的です。
ライトアップされた街。
夜景。
ルーフトップバー。
地元で評判のレストラン。
夜の街を歩きながら、その土地の空気を味わう。文章にすると、とても素敵です。
一方、ホテルにはベッドがあります。強い。かなり強い。私はよく負けます。夕方ホテルに戻り、「ちょっとだけ横になろう」と思って目を閉じ、次に時計を見たら21時過ぎ。あります、よくあります。
そして昔なら、そこから「せっかくだから」と起き上がっていたのです。今は起きません。スーパーで買ったパンとチーズでもいい。果物とヨーグルトでもいい。ホテルの部屋で食べながら、その日撮った写真を見る。
窓の外から知らない国の車の音が聞こえる。これもちゃんと旅です。むしろ私は、こういう夜をよく覚えています。
50代になって、「やらない」を選べるようになった
50代の海外一人旅は、若い頃よりできないことが増える。そう思っていました。体力的にはそうかもしれません。でも実際に増えたのは、「やらなくていい」と判断できることでした。
駅から遠い宿に泊まらなくていい。
到着日から頑張らなくていい。
全部の名所を見なくていい。
夜まで遊ばなくていい。
スーツケースいっぱいに安心を詰め込まなくていい。
体力が落ちたから、だけではありません。何度も旅をして、自分が何をすると疲れるのか、何をしていると機嫌がいいのかが、ようやくわかってきたのだと思います。
若い頃の旅は、行けるところまで行く旅でした。今は、自分が気持ちよく帰ってこられるところまで行く旅です。そのほうが、不思議なくらいよく見えます。
町のパン屋も、公園のベンチも、スーパーで真剣にトマトを選んでいる知らないおばあさんも。予定表の隙間にあるものを、ちゃんと覚えて帰れるようになりました。
次の旅で、ひとつだけ「やめる」を決めてみる
もしこれから海外一人旅をするなら、予定を増やす前に、ひとつだけ「やらないこと」を決めてみてください。
到着日は観光しない。
1日に3カ所以上回らない。
駅から20分のホテルは予約しない。
疲れたら、夜の予定をやめる。
せっかく海外まで行くのだから、たくさん見たい。たくさん経験したい。その気持ちは、今もあります。でも、旅はスタンプラリーではありません。
次の旅では、予定表の空白をひとつ増やしてみてください。そこに何が入ってくるかは、現地に着いてからのお楽しみです。
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