
ベトナムは変わった。でも、私も変わっていたーー30年ぶりのハノイで思ったこと
30年ぶりにハノイへ行きました。30年。その数字を書いて、自分で少しひるみます。30年前といえば、私の眉毛は細く、お腹はなぜか出しておくものだと思っていて、人生経験より勢いのほうが圧倒的に多かった時代です。映画『シクロ』や『青いパパイヤの香り』に胸焼けするほど感化されて、東南アジアばかり旅していました。今や私は五十路街道まっしぐら。人生の地図を中間地点で折り返し、逆から読み始めるような年齢になりました。変わったのはハノイだけじゃない。どうやら私も、ずいぶん変わっていたみたいです。
目次
ハノイは、思ったより近かった

「ベトナムって遠そう。」そんなイメージを持つ人は少なくないかもしれません。でも、日本からハノイへは成田や羽田、関西国際空港などから直行便が就航していて、飛行時間は約5~6時間。時差も日本より2時間遅いだけです。ヨーロッパへ行くことを思えば、ずいぶん近い。
ハノイへのアクセス
・フライト時間:約5~6時間
・時差:-2時間
・ベストシーズンは10~4月。比較的涼しく街歩きがしやすい
若い頃は、「遠くまで行った」という達成感も旅の醍醐味でした。でも今は違います。翌日ちゃんと歩けること。夜ぐっすり眠れること。時差ボケより膝のコンディションが気になること。そんな自分に少し笑いながら、「これも悪くないな」と思っています。
ハノイに着いて数時間。まず、前髪が終わる

ハノイに着いてすぐ、私は重要な事実に気づきました。
湿度がすごい。
いや、知っていたんです。ベトナムですから。若い頃も同じように感じたはずなのに、忘れていました。朝、日本で丁寧に整えた前髪は、昼にはうねり、夕方には膨らみ、夜には独立を宣言しました。
頭の上できのこが栽培されている。
そんな気さえします。
30年前も湿気はあったはずです。でも当時の私は若かった。髪にも体力があった。
今は違う。
一本一本が自由を求めている。虫よけスプレーは、もはや香水。旅の必需品もずいぶん変わりました。
へそを出していた頃の私
20代の私は、東南アジアばかり旅していました。東南アジアの熱気も、雑踏も、排気ガスも、全部まとめて吸い込みたかった。なにがそんなに忙しかったのかわからないけれど、全身がいちいち主張していた。
若かった。
そして、とにかくうるさかった。
今の私は、へそはしまい、眉毛は育ち、風よりもWi-Fiの強さを気にするようになりました。進化なのか退化なのかはわかりません。
ただ、ひとつだけ言えるのは、へそをしまうようになったのは人生哲学ではなく冷え対策です。
30年ぶりのハノイは、ずいぶん観光地になっていた

街を歩いていて驚いたのは、おしゃれなカフェの多さでした。
古い建物を改装したカフェ。
植物が天井から垂れ下がるカフェ。
アンティーク家具が並ぶカフェ。
ベトナムコーヒーやエッグコーヒーを片手に、世界中の旅行者が写真を撮っている。
30年前の私は、フィルム36枚をどう使うか真剣に悩んでいました。今はコーヒーが冷める前に写真を撮る時代らしい。その変化の象徴のように感じたのが、トレインストリートです。線路のすぐ脇に民家やカフェが並び、列車が通過する時間になると観光客が集まる、ハノイでも人気のスポットです。
私が初めてハノイを訪れた頃、そんな場所は知りませんでした。もしかしたらあったのかもしれない。
でも少なくとも、世界中の観光客がスマホを構える場所ではなかった。列車が近づくと、店の人が声をかけ、人々が線路脇へ下がる。そして目の前を列車が通り過ぎる。
近い。
近すぎる。
映えスポットと呼ばれる場所にも、ちゃんと本物の迫力がありました。
観光地化したハノイ。
でも、その奥には相変わらず、こちらの体温を一度上げてくるような熱気がありました。
シクロは減っていた

久しぶりのハノイで、ひとつやってみたいことがありました。シクロに乗ることです。映画『シクロ』に影響されまくっていた20代の私への供養でもあります。
ぼられてもいい。
思い出代だと思えば安い。
そんな気持ちで探したのですが、思った以上に見かけませんでした。代わりに増えていたのはGrab。東南アジア版のタクシー配車アプリで、スマホひとつで車もバイクも呼べます。
目的地も料金も最初からわかる。若い頃の私なら、「旅は交渉も醍醐味だ!」なんて言っていたはずです。でも今の私は、「料金が最初からわかるって最高」と思っています。
人は歳を重ねると、冒険より安心に拍手を送るようになります。
ちょっと悔しい。
でも、すごくラク。
風を感じる乗り物は、風より効率に負けていました。
まあ、私も似たようなものです。
若い頃は「面白そう」で選んでいたものを、今は「ラクそう」で選ぶこともある。それでも、あの頃よりずっと静かに笑えるようになったのは、老化ではなく進化だと思いたい。
ハノイへ行ったら、ブンチャーを食べたい

今回の旅で何度も食べたのが、ハノイ名物のブンチャーです。ブンチャーは、炭火で焼いた豚肉を甘酸っぱいタレに入れ、米麺とたっぷりのハーブと一緒に食べる料理。
香ばしい肉。
甘じょっぱいタレ。
もりもりの香草。
それをビールで流し込む。
最高です。
30年前にも食べました。ちゃんと覚えています。でも今回食べたブンチャーは、記憶の中のそれよりずっとおいしかった。
料理が変わったのか。
私が変わったのか。
たぶん後者です。
若い頃は刺激ばかり追いかけていた。でも今は、炭火の香りとか、タレの奥にある旨みとか、そういうものに簡単に感動する。年齢を重ねるって、味覚が豊かになることなのかもしれません。
ハノイにはブンチャーの店がたくさんあります。ローカルな食堂で食べるのもいいし、旅行者に人気の有名店を目指すのもいい。お昼どきは混み合うこともあるので、少し早めに行くと安心です。
旅の目的は、世界遺産でも絶景でもいい。
でも私は、ときどき食べ物に呼ばれて旅をします。今回、私をハノイへ呼び戻したもののひとつは、間違いなくブンチャーでした。
ハノイは私を覚えていなかった

30年ぶりに訪れたハノイは、私を覚えていませんでした。
そりゃそうです。私だって、当時の自分の顔をうまく思い出せない。でも、記憶の片隅に残っていたものはいくつもありました。
ホコリっぽい空気。
道ばたでチリチリ焼かれている肉の匂い。
命がギリギリ守られている感じの横断歩道。
バイクの洪水。
クラクション。
湿気。
街は確かに変わっていました。
観光地になり、映えカフェが増え、スマホで車を呼べるようになった。でも、それ以上に変わっていたのは私のほうだった気がします。
若い頃は、安いとか、珍しいとか、刺激的だとか、そういう目線で旅をしていました。
今は違う。
市場のおばちゃんを見ている。
朝ごはんを食べる人を見ている。
道ばたで昼寝する人を見ている。
観光地より暮らし。
絶景より日常。
湿度と記憶のあいだで足踏みしながら、この街のエネルギーに改めて元気をもらっている。少し泣きそうになるくらいに。
でも泣くのも暑いので、とりあえずブンチャーを食べる。
そういう年齢になりました。
30年前の私は、へそを出してシクロに乗っていた。今の私は、虫よけスプレーを振りながらWi-Fiを探している。
どちらも私です。そして、どちらも案外悪くない。
ただひとつ違うのは、今の私は旅先で無理をしない。ヒールも履かない。見栄も張らない。その代わり、ブンチャーはおかわりする。人生、そういう方向へ進化している。
ハノイの喧騒をあとにして、私はさらに北を目指しました。
目的地は、ベトナム北部の山岳地帯にあるサパ。体力のあるうちに山を歩きたくて。……というのは半分本当で、半分は自分への言い訳です。
本当は、寝台バスに乗ってみたかった。
いい大人になっても、「わざわざ時間をかける旅」には抗えません。
次回は、ハノイから寝台列車で向かった霧の町、サパの旅をお届けします。
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