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更新日: 2026年1月18日

消えつつある日本の原風景を、未来へ。「NIPPONIA事業」が創る、「なつかしくて、あたらしい」暮らし

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毎日の暮らしのなかで、ふと脳裏に浮かぶ風景があります。里山の稜線、軒が連なる町並み、季節の匂いが混じる台所の湯気。こうした懐かしい風景は、少子高齢化や人口流出によって空き家や遊休地が増え、静かに失われつつあります。株式会社NOTEが展開する「NIPPONIA事業」は、消えつつある古民家を起点に、その土地ならではの歴史や生活文化、食文化を丁寧にすくい取り、未来へ継承していく取り組みです。

失われかけた風景に、暮らしを戻す

株式会社NOTEの広報小栗瑞紀さん
株式会社NOTEの広報・小栗瑞紀さん

使われなくなった古民家を壊して新しい施設をつくるのではなく、手を入れながら、再び暮らしの場として使い続けていく。そうした営みは、資源や価値を使い切るのではなく、循環させながら次へ手渡していく考え方でもあります。

古民家を使い続けることで価値を循環させるNIPPONIA事業は、ワタシトJOURNALが追いかけてきたサーキュラーエコノミーの思想と重なります。この考え方を具体的な取り組みとして実践している点に注目し、今回は、株式会社NOTEの広報・小栗瑞紀さんに、NIPPONIA事業の原点から、地域とともに進める開発の考え方、そして「なつかしくて、あたらしい」暮らしの意味を伺いました。

誰も来ないと言われた場所が「NIPPONIA」の誕生のきっかけに

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

──まず、株式会社NOTEとNIPPONIAの歩みについて教えてください。

NOTEの事業は、2009年に設立した一般社団法人ノオトとしての活動から引き継がれています。代表の藤原は、自分の地元が空き家の増加や高齢化によって、地域の風景や暮らしが静かに失われていく現場を見て、そのなかで、「建物だけでなく、そこに積み重なってきた暮らしや文化ごと残す方法はないか」という問いが次第に強くなっていき、まちづくり事業に深く関わっていくこととなりました。

──NIPPONIAは、そうした問いから生まれたのですね。

はい。地域を見ていると、古民家が空き家になった瞬間から、そこで続いてきた暮らしや人の関係まで一緒に途切れてしまうことが多くありました。だからこそ、「建物を直す」だけでは足りないし、「保存する」だけでも続かないと感じたんです。じゃあ、人が関わり続ける理由をどうつくるかを考えた結果、古民家を起点に、地域の時間に身を置く入り口として整えていく、という発想に行き着きました。

 

きっかけとなった丹波篠山・丸山集落

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

──最初に取り組まれた現場について教えてください。

きっかけとなったのは、兵庫県丹波篠山の丸山集落でした。12世帯ほどの小さな農村集落で、当時は半分以上が空き家となり、高齢化も進んでいました。いわゆる限界集落と呼ばれる状況で、集落の中には「人もいないのに、この先どうやって存続していくのか」という切実な不安がありました。

当時の一般社団法人ノオトの代表は篠山市(現・丹波篠山市)の副市長として地域に関わり、土木計画や景観を守る取り組みに携わっていました。だからこそ丸山では、単に古民家や風景を「残したい」という思いだけでなく、集落がこれからも続いていくための現実的な道筋を、地域の人と一緒に考える必要がありました。

ノオト代表が「この集落を残していきたい」という思いを伝えたときも、返ってきたのは景観や古民家を守る以前に、「暮らしそのものが続かない」という現実的な声でした。そこで考えたのが、空き家になっていた古民家を宿として活用し、365日誰かが泊まる状態をつくることで、古民家を“家として”使い続けられないか、という発想です。

──丸山集落では、どのように古民家を再生していったのでしょうか。

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

まず考えたのは、観光地として人を集めるのではなく、集落の暮らしに静かに混ざってもらう関わり方でした。不特定多数が出入りする場所にするのではなく、「この集落に一晩身を置く」感覚を大切にしたかったんです。

その考え方のもと、丸山では築150年ほどの古民家3棟を、一棟貸しの宿として整えていきました。宿は一棟貸しとし、1泊1棟4万円+サービス料(朝食付き)。集落のお母さんたちが用意する食事も含め、「特別な観光」ではなく、集落の日常に身を置く時間として位置づけました。

宿泊中、お客様は集落を散歩したり、集落の方とお話したり、集落の時間をそのまま感じてもらえるようにしています。朝食は集落のお母さんたちが用意し、訪れる人には「集落に泊まる」体験そのものを味わってもらう形です。

集落の人が担い手になるということ

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

──宿として古民家を再生するにあたって、集落の方々はどのように関わっていたのでしょうか。

集落の人たちにとっても、外から人を迎え入れることは簡単なことではなかったと思います。ただ、運営をすべて外部に任せるのではなく、「できることを、できる形で」関わってもらうことを大切にしました。

この考え方はその後のNIPPONIA事業でも継承されていて、象徴的なのが、朝食です。地域によって、宿の朝食は、集落のお母さんたちが用意してくれます。特別な料理ではなく、季節の野菜や地元の食材を使った、普段の延長にある食卓です。それが結果的に、訪れる人にとっては「サービス」ではなく、「この集落の日常に迎え入れてもらう体験」になっていきました。

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

無理に役割を増やすのではなく、暮らしの延長線上で関われる形をつくる。その積み重ねが、集落の負担にならず、続けられる運営につながっていったと思います。

丸山で得た手応えが、次の地域へ

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

──丸山集落での経験は、その後のNIPPONIA事業の広がりにも影響しましたか。

NIPPONIA事業の構想を作るヒントになりました。地域の暮らしそのものを価値だと感じ、実際に人が訪れ、地域との関係が生まれていく。その変化を、集落の人たち自身が実感できたことが何よりでした。「うちの集落も捨てたもんじゃないな」。そんな言葉が自然と出てくるようになったとき、古民家を起点に人の流れと関係性をつくることで、集落そのものが少しずつ息を吹き返していく可能性を確信しました。

丸山での経験を踏まえて事業として骨組みを作り上げ、「NIPPONIA事業」として実績を増やしていくことで少しずつ相談が寄せられ、同じ考え方で向き合える地域が増えていった結果、現在は北海道から沖縄まで、全国33地域でプロジェクトが展開されています。

地域ごとに形を変える「分散型ホテル」という考え方

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

──NIPPONIAの宿泊施設は「分散型ホテル」という言葉でも語られていますが、これはどのような考え方なのでしょうか。

NIPPONIAが採用しているのは、ひとつの建物に機能を集約するホテルではなく、町の中に点在する古民家を客室として活用する「分散型ホテル」というスタイルです。

城下町や集落の中に残る空き家を一軒ずつ再生し、それぞれを独立した客室としてひらく。町全体が、ひとつの宿のように機能するイメージです。

──一般的なホテルとは、ずいぶん感覚が違いますね。

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

はい。ロビーや共用部に集まるのではなく、滞在する人が町を歩き、路地を抜け、暮らしの風景の中を行き来する。
その移動そのものが、地域の空気や時間に触れる体験になります。建物だけを切り取るのではなく、町並みや人の気配ごと味わってもらうための形です。

NIPPONIAで再生する古民家は、多くが築100年を超えています。これだけ長い時間を生き延びてきたということは、造りそのものがしっかりしているということでもあります。

立派な梁や柱、欄間に施された意匠。当時の職人たちの遊び心が、建物の随所に残っています。NIPPONIAでは、そうした痕跡を消すのではなく、あえて残すことを選びました。

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

快適さを優先して整えすぎるのではなく、不便さも含めて、その空間に身を委ねてもらう。客室にテレビや時計を置かないのも、時間を管理するためではなく、家や町が刻んできたリズムに耳を澄ませてほしいからです。

──代表的な事例をぜひ、紹介いただきたいです。

兵庫県丹波篠山の城下町で展開している「篠山城下町ホテル NIPPONIA」は、その考え方を象徴する事例のひとつです。城下町に点在する古民家を段階的に少しずつ再生し、町の歴史やスケール感を壊さずに、滞在の場としてつなぎ直してきました。

地域に残る建物の数や立地、町の成り立ちによって、最適な形は変わります。だからこそNIPPONIAでは、「この形が正解」と決めるのではなく、その土地に合った事業の形を探りながら、地域の方たちと一緒に一つずつ形作っています。

NOTEは黒子的存在。地域が主役になるため

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

──NIPPONIA事業を続けていくうえで、運営や体制づくりではどんなことを大切にしているのでしょうか。

NIPPONIA事業は、建物を再生すれば終わり、というものではありません。その土地の歴史や文化を紐解き、地域の100年後を描く。その上で、点在する古民家をどう使い、誰が運営し、地域の日常とどう折り合いをつけていくのか。そこには、土地ごとに異なる事情があり、時間をかけた調整が欠かせません。

──そのなかで、株式会社NOTEはどのような役割を担っているのでしょう。

私たちNOTEが担っているのは、エリア計画の策定と開発におけるプロジェクトマネジメント支援です。ただし、実際の運営や日々の営みの中心に立つのは、あくまで地域の人たちだと考えています。外から完成した仕組みを持ち込むのではなく、プロジェクトごとに、その地域に合った体制を整えていくことを大切にしてきました。

──地域ごとに体制をつくる、というのは具体的には?

地域の状況に応じて、行政や民間企業、地元の担い手と連携しながら、運営の土台をつくっていきます。無理のない関わり方で、長く続けていくことが何より重要です。NOTEは前に出るのではなく、必要なところに手を添えながら、伴走する立場を選んできました。

主役を地域に戻し、その土地にある人の関係や日常が、無理なく次につながっていくこと。それを支えるのが、私たちの役割です。

世代ごとに違う、古民家との出会い方

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

──実際にNIPPONIAを利用しているのは、どのような方が多いのでしょうか。

中心となっているのは、30代から60代の都市部に住む方々です。日常は都市で過ごしながらも、自然のある場所で時間を過ごしたい、少し立ち止まりたいという思いを持っている方が多い印象ですね。お子さん連れのご家族で利用されるケースも増えています。

──どんなきっかけで訪れる方が多いのでしょう。

「田舎に帰る場所がない」「子どもに自然のある環境を体験させたい」という声をよく聞きます。実家がすでになくなっていたり、都市部で育ってきた世代にとって、里山や古民家で過ごす時間そのものが、ひとつの“原体験”になっているようです。

一方で、昔ながらの家や暮らしを知っている世代の方からは、「懐かしい」という声も多く聞きます。同じ空間に身を置いていても、世代によって受け取る感覚が違う。その違いが、NIPPONIAの滞在には自然と共存しています。

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

──最近は、若い世代の利用も増えているそうですね。

はい。20代の利用者も少しずつ増えています。いわゆる「おばあちゃんの家」に行った記憶がない世代にとって、梁や欄間のある古民家は、むしろ新鮮な存在です。また、持続可能性やエシカルな価値観への関心が高い世代でもあり、NIPPONIAの考え方に共感して訪れてくれる方も多いですね。

──リピーターの方も多いのでしょうか。

ありがたいことに、一度泊まって終わりではなく、別の地域のNIPPONIAを巡ってくださる方もいます。地域ごとに風土や暮らしのかたちが違うので、「次はどんな場所だろう」と楽しみにしてもらえているのだと思います。

NIPPONIAは、特定の世代に向けたものではありません。同じ古民家で過ごしていても、懐かしさを覚える人もいれば、新鮮さを感じる人もいる。その受け取り方の幅広さが、この滞在体験の特徴だと感じています。

「なつかしくて、あたらしい」は、過去に戻ることではない

──NIPPONIAが掲げる「なつかしくて、あたらしい」という言葉には、どんな思いが込められているのでしょうか。

「なつかしい」は日本の暮らしに元々あった「豊かさ」を、「あたらしい」にはその「豊かさ」を現代の形に更新して未来に伝えていくという意味を込めています。NIPPONIAは、昔の暮らしをそのまま再現することが目的ではありません。地域ごとに気候や風土があって、歴史があって、生活のスタイルがあります。そうした背景の中で育まれてきた暮らしの知恵や価値観が、戦後の均質化の流れのなかで、少しずつ見えにくくなってきたと感じています。

たとえば、どの町に行っても同じようなチェーン店や大型ショッピングモールが並び、同じような風景が広がる。その便利さの一方で、地域が本来持っていた個性や、土地ならではの営みが薄れてきたと感じています。

──NIPPONIAが目指しているのは、そうした価値を「残す」ことなのでしょうか。

「保存する」という言い方には、少し距離があります。私たちがやりたいのは、暮らしの知恵や文化を、実際に使い、体験し、今の時代に合う形で更新しながら続けていくことです。

神棚に手を合わせることや、季節の行事、食のあり方など、日本の暮らしには、自然観や死生観といった哲学的な部分も含まれています。そうした目に見えない価値に、古民家や地域での滞在を通して気づいてもらえる。それが結果として、「なつかしい」と同時に「あたらしい」と感じられる体験につながっていきます。

宿泊の先に見据える、これからの暮らし

NIPPONIA
出典:株式会社NOTE

──今後、NIPPONIAが目指している未来像について教えてください。

宿泊は、あくまで入口です。古民家に泊まる体験をきっかけに、地域の暮らしや文化に触れ、「こういう場所で過ごす時間があってもいい」と感じてもらう。その先に、次の関わり方が生まれてくると考えています。

──具体的には、どのような展開を考えているのでしょう。

移住者向けの住居や、二拠点生活の受け皿づくりなど、より日常に近い領域にも踏み込んでいきたいと思っています。観光として一時的に訪れるだけでなく、定期的に通う、あるいは暮らす。そうした選択肢を地域の中につくっていくことが、結果的に地域の存続につながると考えています。

理想を言えば、NOTEが関わらなくなっても、地域の中で営みが自然と続いていく状態です。まちづくり開発会社や地域の担い手が残り、外からの支えがなくても回っていく。その状態をつくることまで含めて、NIPPONIAの役割だと思っています。

◇◇◇

失われつつある日本の原風景は、ただ懐かしむためのものではありません。人が関わり続け、暮らしの中で使われることで、いまの時代に合った形へと更新されていく可能性を秘めています。

古民家を起点に、人と地域をつなぎ直す。
そして、土地に根づいた暮らしや文化を未来へ手渡していく。
NIPPONIAは、その静かな実践を、日本各地で積み重ねています。

取材、文/おだりょうこ

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※本記事の内容は、本記事作成時の編集部の調査結果に基づくものです。

執筆者
ライター
ワタシト 編集部
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