
カレドニアン・スリーパーで、寝ながらスコットランドへ。大人の一人旅と夜行列車のロマン
旅先にスコットランドを選んだ理由はいくつもあります。ハイランドの景色。ウイスキー。霧。石造りの街。でも、本当のことを言うと、いちばんの目的はカレドニアン・スリーパーでした。
ロンドンからスコットランドへ向かう英国の寝台列車。眠っているあいだに、街の空気も、窓の外の色も変わっていく。飛行機なら、ロンドン↔︎グラスゴー間なんて1時間半ほど。効率だけで考えたら、完全に飛行機の勝ちです。でも旅って、時々“わざわざ”のためにしたくなる。時間がかかる。お金もかかる。なのに乗りたい。寝台列車には、ロマンがあります。どこかの個室で密室事件が起きていそうだし、額に傷のあるメガネの少年が乗っていても、たぶん私は驚かない。大人になっても、こういうものにちゃんと、ときめきを感じる人でいたいと思いました。
目次
英国を代表する寝台列車、カレドニアン・スリーパーへ

カレドニアン・スリーパーは、ロンドンとスコットランド各地を結ぶ夜行列車です。英国国内に現存する寝台列車はわずか2つ。そのうちのひとつが、このカレドニアン・スリーパー。世界中の“鉄男”や“鉄子”たちの憧れでもあり、旅好き界隈ではかなり有名な存在です。
私はそこまで鉄道に詳しいわけではありません。時刻表を見て興奮する能力は持ち合わせていない。でも、旅ジャンキーではある。そして、空港より駅、飛行機より鉄道が好きです。
空港って、便利なんですよ。でも便利すぎる。気づいたら目的地についている。移動が、ほぼ“圧縮ファイル”。その点、駅にはちゃんと「遠くへ行く感」がある。
少し古びたホーム。
深夜のアナウンス。
でかい荷物を抱えた人たち。
あの、“人生の途中感”みたいな空気が好きなんですよね。
客室にはクラスがある。ロマンにも階級社会がある

カレドニアン・スリーパーの予約は、公式サイトから可能です。出発地と目的地、日程、人数を入力すると、各クラスの空き状況と料金が表示される仕組みで、飛行機やホテル予約に近い感覚。
基本的には最大12か月前から予約可能ですが、人気のダブルルームはかなり早く埋まります。私は「まだ先だし余裕でしょ」と思っていたら、ダブルはすでに完売。世界中の鉄道ファン、“ロマンへの初動”が異様に早い。特に夏休みシーズンや週末は混みやすいため、「乗りたい」と思ったら早めの予約がおすすめです。
カレドニアン・スリーパーには、いくつかクラスがあります。
上から、
クラブ
クラシック
シート
という構成。
ダブルはベッド固定型の豪華個室。真っ先に売り切れていました。みんなロマンへの課金に迷いがない。結果的に、私は“残り2室”だったクラブルームを予約。取れただけでもかなりラッキーでした。クラブは二段ベッド仕様の個室で、シャワーとトイレ付き。ここ、最初ちょっと不安だったんですよね。
「二段ベッドってことは、知らない人と相部屋なの?」
もし深夜に見知らぬおじさんと向かい合ったらどうしよう。気まずすぎる。修学旅行でもだいぶ無理だったのに。でも、一人予約の場合は個室利用。相部屋にはなりません。
海外って、日中ずっと気を張っているもの。言葉も違うし、地図も見るし、治安も気になる。だから夜くらい、“完全にひとりでぼんやりできる空間”があるのは、本当にありがたい。

ダブルとクラブ利用者は、乗車前に専用ラウンジが使えます。これがまた、かなり良かった。ロンドン・ユーストン駅の喧騒から少し離れた空間で、軽食や飲み物を楽しみながら列車を待つ時間。「ああ、今から寝台列車に乗るんだな」という気持ちが、じわじわ高まっていく。ビールやコーヒーを片手に、これから北へ向かう人たちが静かに過ごしている。

空港ラウンジとも少し違う。もっと静かで、もっと“これから旅が始まる感”がある。飛行機って、搭乗時間ギリギリまでスマホを見て、気づいたら空を飛んでいることが多いじゃないですか。でも寝台列車は、「これから旅に出ます」という助走の時間がちゃんとある。
あれが、たまらなく好きでした。
部屋は驚くほど狭い。でも、それがいい

実際に部屋へ入って、まず思ったのは、
「せっっっま」
でした。
想像以上に狭い。
立ち上がって肩をぶつける。
振り向いて肘をぶつける。
荷物を取ろうとして膝をぶつける。
寝台列車、人間と家具の距離感がおかしい。でも、その狭い空間に、
ベッド
洗面台
シャワー
トイレ
これがパズルみたいに詰め込まれている。その感じが、たまらなく好きでした。“快適なホテル”ではないんです。でも、“旅の秘密基地”なんです。不便さまで含めて、旅情。効率を極めたビジネスホテルにはない、“無駄のときめき”がある。
値段は高い。でも、ロマンってだいたい高い

ちなみに、料金はなかなかします。
クラスごとに£100前後の差があり、私が利用したクラブルームは£260ほど。日本円にすると約48,000円。円安の中で見るには、かなりの破壊力です。予約画面を見ながら、一回そっと閉じました。
「ロマン、高いな」
ロンドンからグラスゴーなら、飛行機で約1時間半。値段も時間もそちらのほうが圧倒的に合理的です。でも、私はこの“わざわざ感”こそ旅の醍醐味だと思っています。
時間をかけること。
遠回りすること。
効率だけでは残らない記憶を持ち帰ること。
大人になると、何でも“タイパ”で測られるじゃないですか。でも、人生の記憶って、だいたい無駄な時間に宿る。
朝食はポリッジだった。全然足りなかったけど

実はかなり楽しみにしていたのが、ラウンジカーでの朝食でした。知らない国の寝台列車で、揺られながら朝ごはんを食べる。その響きだけで、もう映画。でも私が乗車したときは、ラウンジカーのサービス自体が停止中。人生、そういうことある。
しょんぼりしながら、前夜のうちに注文していた朝食を部屋で食べました。出てきたのは、スコットランドの伝統的なおかゆ“ポリッジ”。オーツ麦と牛乳で作る、素朴な料理です。
これがまた、優しい味。…優しいんだけど、量が全然足りない。結局、グラスゴー駅に着いてすぐパンを買いました。ロマンと空腹、人は両立できる。ちなみにスコットランド名物のハギスは、私はちょっと苦手です。
羊の腎臓・肝臓・肺を羊の胃袋に詰めて茹でる料理なんですが、説明だけ聞くと急にスプラッター映画なんですよ。でもポリッジは好き。フランスの回復食リオレも好き。つまり私は、おかゆが好きなんです。旅をすると、結局、自分の胃袋の限界と好みに向き合うことになる。
夜行列車には、“物語の時間”が流れている

深夜、静かに揺れる車内で、窓の外をぼんやり見る。駅に停まるたび、知らない街の名前が表示される。その感じが、とても不思議でした。真夜中の駅って、“生活”と“夢”のあいだみたい。
ホームに人影が立っている。
でも誰も大声を出さない。
暗いホームに、オレンジ色の灯りだけが浮かんでいる。
「ここはどこなんだろう」と思う。でも、ちゃんと調べない。その“わからなさ”ごと、旅の中にいたかった。
飛行機って、一瞬で景色を変えてしまうけれど、夜行列車は違う。
ロンドンの夜が、少しずつ遠ざかっていく。
駅に停まりながら、静かに北へ向かっていく。
その“移動している時間”を、ちゃんと身体で感じられる。

朝方、揺れで少し目が覚めました。カーテンを少し開けると、窓の外がゆっくり青くなっている。完全な朝ではない、夜の名残がまだ残る色。
霧。
低い雲。
湿った草原。
遠くに羊が見えた気がしたけれど、寝ぼけていたので、たぶん石だったかもしれません。
でも、あの景色は本当にきれいでした。“絶景!”みたいな派手さじゃないんです。静かで、冷たくて、少し寂しい。でも、「ああ、ちゃんと遠くへ来たんだ」と思わせる景色。
寝ぼけたまま歯を磨き、ぼさぼさの髪で窓を見る。顔は終わっていたと思う。でも、その感じが妙によかった。
誰にも見せない朝。
観光地ではない時間。
夜行列車には、“旅の裏側”みたいな時間があります。
そして私は、そういう時間のために旅をしているのかもしれないと思いました。
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